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アルゼンチンタンゴが 日本により広がりますように!
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    HN:
    GYU
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    性別:
    男性
    職業:
    タンゴダンサー
    趣味:
    アルゼンチンタンゴ
    自己紹介:
    アルゼンチンタンゴを日本に広めべく活動している。

    丑年にあやかり邁進中。


    Vamos a bailar de Tango!
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    タンゴは面白いことにタンゴを始めてすぐにその人自身のタンゴ観ができる。

    タンゴ観は踊りが上手い下手は関係なし。
    また教えてもらうものでもなし、教養知識でもない。
    レッスンに通えば得られるものではない。

    その人自身がタンゴを思い感じることかな。


    私もすぐにタンゴに対して感じるものがあった。

    私もそうだった。出会ったのは2001年の秋だ。

    私は当時アダジオ商会というジョルジュさんのダンスパフォーマンスチームに所属しダンスを楽しんでいた。サルサやランバダ、サンバ等である。

    週末は六本木のサルサクラブに遊びに行っていた。

    (ランバダやサンバなど土着的な踊りの方が好きで、洗練されたサルサは居心地は余り良くなかった。
    また、その時はタンゴには全然興味を持っていなかった。一度だけタンゴを別の人に習ったことがあったが、とても難解で自分には無理だと決めていた。)


    ジョルジュさんはご存知の方も多いでしょうが、
    タンゴダンサーとしても活躍。
    タンゴには近い場所にいつも居た。
    そのジョルジュさんのタンゴの師匠がその秋に来日中であった。

    その名は

    「Claudio Gonzales & Valentina」である。


    彼ら丁度、ForeverTangoのダンサーとして来日中。
    公演の合間をぬってレッスン会場に遊びに来てくれた。
    そして 特別に一曲踊ってくれたのだ。


    私はじつはそれを生では観ていない。
    後でビデオを見せてもらったのだ。
    それでもただならぬ迫力とダイナミックな動き
    ものすごいエナジーがビデオカメラの小さな画面から
    これでもかと、衝撃波が次々に襲って来た。


    そのパフォーマンスを観た時に
    こんなに自由なダンスが有るんだと、衝撃を受けた。


    そのビデオを観た次の週から
    タンゴのクラスを取るようになる。

    そのとき持った

    「タンゴ観」は

    タンゴは自由なんだと心から思っていた。

    「解放してくれるダンスだ」と。



    それから私は毎日踊り漬けに。
    最初は週2〜3日が
    3ヶ月後には毎日踊ってたんじゃない。

    踊り始めて5ヶ月後、2002年4月に今は無き六本木アーツで行われた
    自由空間というタンゴパーティーでのデモンストレーションの機会があり
    そこで踊りました。

    曲は「El Choclo」だ。

    このデモは忘れられない。
    最初の出のときの司会していたYさんの紹介
    と最後の決めの前のアダジオ,
    また、途中なかなか出来なかった切り返してのガンチョのことが

    まだ覚えている。楽しいいい思い出だ。

    当時のビデオあるかな?ジョルジュさんに聞いてみよう。面白かった。

    さて、
    その後だんだんタンゴがつまんなくなってくる。
    また上手くならない。



    何がいけないのか?


    丁度夏の初めにある有名ダンサーが来日した。
    そのワークショップを1コマとった。
    そのレッスンはひたすら、前、後、横と
    音楽にのって歩くレッスンだった。

    途中はつまらなかったが、
    ふとした瞬間
    「これか〜〜〜〜!」

    と掴んだ!


    音楽にのって歩くこと。

    私は忘れていた。

    どうしてもステップに走る。またパフォーマンスなどが元来好きだから
    派手なことをやりたくなる。そうすると音楽がなくなる。
    音楽を聴いているようで全然聞いてないなかった。

    また二人のダンスなのに一人で踊ってるようなことをしていたのだ。

    次の日、早速ミロンガで踊り行く。歩くだけ。
    音楽にのって歩く、その音楽の中に二人で歩く。
    それがどんなに楽しいことか。

    そのときから私のタンゴ観は変わった。


    自分の人生に立ち、
    音楽の中に立ち、
    相手と立つ。

    Estoy con la Vida mia.
    estoy con la musica,
    Estoy contigo.


    これはブエノスアイレスいる居るときに
    タンゴを考えた言葉だ。
    そのきっかけはあの夏のレッスンだ。


    タンゴ観はタンゴ感だな。

    感じるだけだ。






    GYU


    PS:あの夏レッスンは全て英語だった。まわりは皆英語上級者。
    通訳も居なく、質問する生徒さんも英語。
    それで、頭ではなく身体で掴もうと必死だったのかも。
    言葉より肌で掴め。職人気質です。












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