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アルゼンチンタンゴが 日本により広がりますように!
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    プロフィール
    HN:
    GYU
    HP:
    性別:
    男性
    職業:
    タンゴダンサー
    趣味:
    アルゼンチンタンゴ
    自己紹介:
    アルゼンチンタンゴを日本に広めべく活動している。

    丑年にあやかり邁進中。


    Vamos a bailar de Tango!
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    ブエノスアイレスに一年間滞在したときに、一ヶ月ほどメンドーサにいたことあった。
    きっかけは観光ビザが切れることで海外に出ないと行けないことと、
    年末にディスコで大きな火事になり、ブエノスアイレスのミロンガがほとんど中止になったこと。
    そのことを友人に話したらメンドーサに遊びにこないか?ということで 
    バスに揺られ10何時間南米大陸を横断した。


    メンドーサでは友人の紹介で、アサード食べたり、プールで泳いだり、ワインのボデーガを尋ねたり
    アンデスツアーに参加しアコンカグアを見たり、そして ヘラード屋で毎日一個アイスクリームを食べて、街の中心にある公園でゆっくり過ごした。
    もちろんミロンガにも行った。しかし毎日は無く、水曜日、金曜日と日曜日あったと思う。

    自分が滞在したところはバックパッカーが止まるところ。
    みな それぞれの思いで滞在していた。
    アンデスの麓で南米最高峰アコンカグアにチャレンジする日本人にも出会った。

    メンドーサは、シエスタの街。午後なるとチェーン店以外はみなお休み。
    街は静かだ。

    最高の楽しみはプールだ。一日中泳いでいた時もあった。空気が乾いていて水がとても気持ちいい。


    そのメンドーサに滞在中、友人からチリのバルパライソに行かないか?と誘われる。
    バルパライソでタンゴのフェステバルがありそのコンペティションにでないかと。

    二つ返事でOKだし、その後は毎日彼女のマンションの屋上で練習した。
    チリに行く当日は、嵐でバスが出るかわからなかった。
    寒いと思ったらアンデスは雪が降っているらしい。いき道は道ばたには雪の後。

    途中国境超えで自分の観光ビザが切れていてた。
    捕まるかと ビクビクしていだが罰金50ペソでチリに出れた。


     アンデスの下り坂は日光七曲がり顔負けの右に左に大蛇行。

    無事にバルパライソに到着。滞在は4日間くらいか5日だった。
    バルパライソは坂の街だ。丘陵な大地が太平洋を望む。家はマッチ箱みたいに立っている。
    移動は至る所にある小さなロープウェーで坂を行ったり来たり。

    早速 バルパライソ到着後魚介類の市場に行き、海鮮ドン食べたら見事にあたった。
    1日くらい宿で寝てたね。 今度自分が良くなったら、相手が体調不良。
    水があたったらしい。その中でも地元のミロンガに行った。
    チリのバルパライソのミロンガはブエノスアイレスより古典な感じがした。
    かかる曲は聴いたことも無い古い曲ばかりだ。
    この曲は誰の演奏かと聞くと「Francisco Lomuto」と初老の親父が教えてくれた。

    海辺の街でもあるバルパライソは泳げる。泳ぎにも出た。ビーチまで電車で行った。
    夏休みでビーチは人で溢れている。メンドーサの友人も何人か来ていて一緒に海を楽しんだ。
    が太平洋はとても冷たかった。そして波が荒くいきなり深くなる。同じ太平洋でも遠浅で静かな
    自分が慣れ親しんだ伊豆の海とは大違いだった。

    回顧録が長くなったが、そんな中コンペティションに参加した。
    予選は今思えば着いた次の日だったかな。日本とアルヘンティーナの組み合わせは
    とても熱烈に歓迎された。異国の大地で、それも異国の文化をその本場の人と踊る。

    拍手をもらうと心地よかった。
    予選準決勝と無事通過し、決勝のときだ。
    決勝はバルパライソの大きなホールで行われた。
    たぶん、ダリエンソかいあたディサルリの40年代かわすれしまった。


    でもあの瞬間は今でも覚えている。


    彼女がアドルノを入れた瞬間だ。




    その瞬間、何があったかというと


    彼女以外のことを考えていた。それはどう格好よく踊るかという
    恥ずかしいことだ。



    それを考えた瞬間、
    彼女がアドルノ入れた。

    「ハぁっ」と

    その瞬間我に帰った。

    自分は恥ずかしさでいっぱいだった。



    女性は色々とアドルノ(飾り)をする。



    最近自分は タンゴはアドルノの踊りだと自分は思う。

    アドルノと言う間の世界。二人の間、音楽との間、ミロンガという社会との間




    今振り返ってもあの踊りは最高だったかもしれない。


    順番は2番だった。1番だと賞金がもらえた。
    そうすると旅費が浮いた。
    そして次の日まで滞在しようと二人で決めていた。

    なぜなら、彼女は働かなければならないからだ。
    観光客と自分とは違っていた。


    間が悪いのはこの性分だったからだろう。


    女性の皆さんに
    男性の為にアドルノを

    男性の皆さん、
    女性の為に

    踊りましょう。







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